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『極魔導vsのびハザ』の続きを小説で書いた - ◆TANAKAQVIk

2019/02/26 (Tue) 02:12:26

倉山恭子最後の日 たくろう編

これまでのあらすじ

田中一郎は遺跡での災難から学校の倉庫へと転移する。そこはバイオハザードの渦中で、田中はそれが意図的に起こされたものだということを掴み、そこに加担していた倉山恭子の陰謀を暴く。しかし、倉山はすでに遺跡での災難の元凶である魔神ヴゼルの力を支配下に置き、力の本体であるヴゼルを復活させるために再び遺跡へと戻る。そして田中たちもまた、ヴゼルの呪縛から逃れたアルルの力を借り、惨劇の舞台へと倉山を追うのであった。

Re: 『極魔導vsのびハザ』の続きを小説で書いた - ◆TANAKAQVIk

2019/02/26 (Tue) 02:13:54

1

魔導の力が生んだ眩しい光はまるで何かに吸い込まれて行くかのように素早く引いていき、一転して今度は辺りが一気に暗くなった。田中は目を開けた。
「ここは…?」
見回すと辺り一面が錆の色だ。そこは無機質で殺風景なトンネルの中で、壁は所々だがひび割れたコンクリートで覆われていて、地面は弱々しい橙色の灯りで薄明るく照らされ、まるで天から錆が覆っているかのような色になっているのだ。人の気配はなく、トンネルは見える限りどこまでも続いている。
「まだ遺跡に来たわけではないみたいねえ~」
「アルルは私たちを遺跡に近い場所まで案内できると言っていたわ」
後ろのビッチどもの呑気な喋り声を不愉快に思う余り、田中は顔をしかめた。白地の言う通り、ヴゼルの呪いから解放されたアルルが話してくれたことが正しければ、遺跡はすぐそこだ。遺跡にさえ辿り着けば倉山の野望を阻止できる勝算はある。しかし、そこに広がっているのはあまりにも見慣れない景色なので、ここから遺跡へと辿ることは途方のないことかのように思われた。それに、倉山の差し向けた怪物に負わされた傷はアルルの魔導の力である程度治癒したとはいえ、精神的疲労まではさすがに癒やされなかった。目前に突き付けられた現実に田中はますます機嫌を損ねた。
「遺跡に近いとこに、なんでこんな変な場所があるんだよ…!」
その語調には苛立ちが露わになっている。

白地はなるべくその逆鱗に触れたくないと思った。
「何もないわね。どうやって遺跡に行けばいいの?」
田中にとって共感できそうな無難な感想を切り出す。
「ペンギンビッチが、連れて行くならもう少しマシなところに連れて行きやがれ…!」
幸い、田中の怒りはその場にいないであろうアルルに向けられた。アルルはどこに行ったのかよく分からない。
「もしかしたら、この場所以外に遺跡に続く道がないのかもねぇ~」
木田もそこに続く。
「じゃあ、あのド腐れはどうやって遺跡に調査しに来たんだよ」
ド腐れとは倉山のことだろう。
「ヘリで来たって言ってたわよ。もしかしたら遺跡までは地続きじゃないのかも」
ぽつぽつと会話は続く。田中の癇癪で場がめちゃくちゃにならないようにと気を使った各々による、その場しのぎの同調の雰囲気だ。しかしこんな会話に何の意味があるだろうか。ほんの少しの間ならと、木田も白地もそのことには目を瞑っているのだが、この虚空から遺跡への道を見つけ出せない限り、こんな考察めいた話には意味がない。

すると、田中は話を続けながら、なんとなくといった感じで自然とトンネルの一本道を進み始めた。得体の知れない場所にいつまでも留まりたくないという感覚から至った本能的な行動だろう。白地も同じ感情を抱いていたが、ひとまず田中に先頭を行かせないと彼の虫の居所は良くならないと思って堪えていたのだった。
しかし、それはそれで白地の心に一抹の不安が残った。田中の歩いていく方向は果たして遺跡に向かう道として正しいのかという不安だ。その不安は彼女の心の中に無限の靄を広げた。道は前方も後方も目に見える範囲の向こう側に延々と続いている。軽率に前方へ進んでも、それが遺跡へ続いていない方向だったら、そのことに気付いた後ではなかなか取り返しがつかないだろう。自分たちはいつまでも歩き続けられるわけではない。先ほど田中たちを「災害」の渦中に巻き込んだ学校を探索する中で若干の量の食料を調達してはいたが、それは決して心強い蓄えではない。しかも、遺跡に辿り着くのは決して目的そのものではない。遺跡の中で倉山を探し、彼女の野望を止めねばならないのだ。
たまらず右隣を歩く木田に目線を向けるが、木田は前方に視線を据え、何食わぬ顔で田中の後を歩いている。木田は恐怖や嫌悪の感覚よりも好奇心のほうが強いから、道の続く先がどこであろうとそれはそれで興味深いと考えているのだろう、と白地は思った。出そうになった溜息を飲み込むことには慣れていた。

しかし、不安に支配されひたすら歩き続けるだけの不気味な静寂は突如破られた。突如田中の目の前の空間が大きな音を出して、次々に引き裂かれて行く。田中は驚きの余り声を出して引き下がったが、すぐにその様子に目を見張った。
「この裂け目…血が出てやがる」
「それだけじゃないでしょ」
弱々しい声色で白地が指摘する。
水平方向に空間が引き裂かれて出来た裂け目からは、なぜか血が流れ出ていたが、それだけではなかった。その裂け目はそれぞれ矢印の形をしていて、どれも一つの方向を指している。
「こっちに…行けってことか…?」
田中がそう言うのを聞いて、白地の疑問に対する答えが示されたかのように思い、彼女は一瞬だけ安堵した。しかし、白地はすぐにそれを疑った。よく考えれば信頼できる道標と言っていいようなものではない。その上、白地にはもう一つの危険な予感があった。
「なんだか誘われているみたいで気味が悪いわ」
それは待ち伏せた倉山に不意打ちを食らうかもしれないという恐れだ。
「でも進むほかに道はないわ~~よ~~~」
しかし、木田がもっともらしいことを言うので、白地はそれについて頭の中であれやこれやと考えて、やはりそれがもっともなことだと感じて頭を抱えるのだった。進むしか道のないという状況は、考えれば考えるほど彼女の心を追い詰める。田中は彼女を促して、こうして彼らは仕方なく矢印に沿って進むことにした。

すると、その道標は案外まともな形で白地たちの信頼を得た。10分ほど歩くと、道の続く先に光が見えてきたのだ。表情に人一倍の疲労が表れていた白地はその光を見て安堵したが、同時に田中がはっと声を上げた。「おい、今人影が見えた」
「本当?」
木田が特に感情もなく応え、再び沈黙が始まった。なにせうんと遠くに人影が見えたに過ぎないから、そう言った田中自身の声にも緊迫感はなく、白地も木田も、田中の言うことをさほど気にしなかったのだ。しかしその後、いつまで続くか分からない長い長い静寂の中で、白地はその二言だけの会話を脳内で反芻し続ける。人影、人影、人影。田中はただ人影が見えたとだけ言った。どんな人影だったのか、本当に人影が見えたのか、人影が見えたからといってどうするのか、様々な思いが彼女の中で強まっていき、トンネルの錆びついたような空間と同じ濁った色の空気で満たした。彼女の目は虚ろだ。しかし、精神的に疲弊しているのは他の2人も同様だ。一本道を進むだけの現状、3人は互いを気にし合うこともなく、その必要もなく、ひたすら出口に向かって歩き続けた。

いまだに長く続く沈黙の中で、田中は級友の西村のことをずっと考えていた。西村はあの学校の災害の渦中で壮絶な最期を遂げた。自爆による爆死である。西村がそうして死んだときの爆発の衝撃が脳裏に蘇った。しかし田中は実のところ、西村の死の確たる証拠、すなわち遺体を見ていない。爆死体なのできっとひどく残酷な姿をどこかに晒していたのだろうと思う。ただ、醜くなった友人の姿とは言え、あのときの田中自身の状態を思い返せば、決して彼を見れないと拒絶するほどには、まだ精神的に疲弊していなかったという自信がある。彼に言わせれば、それは断じて驕りではない。にもかかわらず西村の死を確と見届けなかったのは、彼の精神的要因からではなく、辺りの状況の激しい変化による余裕のなさからだと思うのだが、果たしてそれが正しいことだったのだろうかと田中は考えてみたのだ。西村は本当に死んだのかどうなのだろうか、もしかすれば実は奇跡が起きていて、なんとか西村はどこかで生き残ったのではないか、そんな考えに田中の心は迷い続けている。

だが、トンネルの中で、そこにはその迷いを止めてくれそうな人物がいる。西村の爆死の現場に居合わせた木田だ。あいつは変に肝の据わったところがあるので、もしかしたら西村の遺体をちゃんと見たのかもしれない。見たかどうかは今聞けばわかることだ。しかし、木田が西村の遺体を見たと言ってしまえば、田中にとってはそこまでだ。田中の中で西村は確かに死んでしまったことになる。死んだ者は死んだのだからもう仕方がないというのも分かるが、本当に西村の死を確たることにしてしまってよいのかということを田中は考え込んだ。

が、そのような性に合わない迷いに陥り続けている自分に気付くと、すぐさま嫌になったので、田中は二人の方へ向き直らずに歩き続けながら、再び静寂を破った。
「なあ、カルトワカメ」
「な~に?」
相変わらずの落ち着いた様子で木田は答えた。
「お前はさ、…見たのか?」
少しの静寂があり、田中は続けた。
「西村の、死体だよ」
意思に反して語尾が震えてしまったように感じて、田中は思わず息を呑んだ。
「なに?」
白地は緊迫した様子で反応を返す。すると、特に迷いもないかのように、
「見たわよ」
木田はただそれだけ言った。また暫しの沈黙がある。そして、木田は少しだけ深刻な声色で付け加えてこう言った。
「でも、ひどかったわよ。見ないほうが良かった」
そう言ったきり、また黙った。少しの間を置いて、田中は深々と息を吐き出した。
「はぁ~…」
白地も何も言わずに俯いた。トンネルの出口はまだ先だ。

再びの沈黙をそのままにずっと歩き続けると、やがて、ようやく出口の外が目視できるくらいまでそこに近づいて来たが、かつて出口がまだ遠かったときにそこから差していた光はいつの間にか消え失せていた。とはいえ、田中たちがそれについて何らかの感情を持つでもない。確かに出口から光が消えたのは冷静に考えれば怪訝に思われて当然なのだが、今の彼らにとっては出口がなくなったわけでもなければもうそれだけで十分で、些細な感情の変化を露わにするにも値しないのだ。出口の外が暗いということに一同は気付いたが、トンネルから出られるまで沈黙はまだ続いた。

そしてとうとうトンネルを出た。そこは夜の世界で、深くて暗い空には星が輝いていた。しかしながら、なぜだかそこには月が見当たらず、月明かりがないので大地は闇に包まれていた。しかし、そういった些細な風景の特徴もまた彼らの感情の起伏を喚起するには値せず、それよりかは、やっと錆色の不気味なトンネルを抜けられたことに皆は安堵した。田中は振り向くと木田と白地と顔を見合わせてやっと一息つき、白地たちもまた続けて一息ついた。

Re: 『極魔導vsのびハザ』の続きを小説で書いた - ◆TANAKAQVIk

2019/04/07 (Sun) 00:04:27

2

暗黒の大地からはその輪郭しか見えないが、見晴らしはよく、田中たちは思わず自分たちの辿る道の先を目で追った。足元から伸びるアスファルトの車道はトンネルを出るとすぐさま急勾配を下って行き、その両側にはマメな間隔で電灯が立ち、道の伸び方をはっきりと鮮やかに向こうの方まで明るく照らし出していた。灯りは最新のLED電灯なんじゃないかと思うほど明るい。その明るい光を少しはトンネルの照明に分けてくれよと田中は思った。そして、車道は300メートルほど先でT字の曲がり角に突き当たる。突き当たりの向こうでは海面が静かにうねっていて、星空をまばらに映していた。海面と陸地の境は弧を描いていて、その風景は駿河湾に面した海岸に似ている。その海岸にそって別れた道はずっと伸びていた。左の道の向こうにはおぼろげながらに赤い灯りが見えて、右の道の向こうには仄かに青い灯りが見える。車道があって空があるということは、ここは地球上のどこかのはずだろうと田中は学のない頭で考えた。しかし、なぜ左の道の先が赤く、右の道の先が青いのかと怪訝に思う一方、その風景は見晴らしがよいにもかかわらず特徴がなく、人気もなくて、本当に地球上のどこかに実在する場所なのだろうか、一体どこだろうと思った。

「ねえ、どっちに行くの?」
景色を眺めているところを白地に話しかけられ、田中はそれまで考えていたことが割とどうでもいいことだったことに気付いた。今の自分たちにとっては進むしかないのだということを思い直した。しかし、どちらが良いかという答えは分からないし、眼前の風景にその手掛かりは一切見当たらない。
「木田ァ、お前はどっちがいいと思う」
なんとなく乱暴に丸投げしてみると、さすがの木田も熟考し始めた。しかし真剣に考えて決めてくれそうで、田中は期待した。
「私は青がいいと思うなぁ」白地が適当なことをこく。
とはいえ、田中はその根拠のない意見に無意識ながら共感を抱いた。これまでずっと赤茶けた色のトンネルをずっと歩いていたので、また赤い灯りのところへ行こうというのは、どうにも気が引けるのだ。一方で、青色の灯りにはどこか安堵を覚える。心が鎮まるような感じがある。考えるうちに、青だと心が決まってきた。
「じゃ、青にするか」
しかし、木田はその考えに対して制止の声を上げた。「待って。これは罠ぁ~よ」
「何?」
「私たちはあの女に監視されているかもしれない~わ。そのことを忘れちゃダメ~~よ」
普段なら田中は木田に意見されただけで腹を立てるところだが、このときばかりは冷静になる必要があると思い、彼女の話に聞き入った。
「人はずっと同じ環境にいるとストレスを感じる~わ。そのことを利用した罠なの~よ」「と、言うと?」白地が続きを促した。
「赤は暖色~で、青は寒色ぅ~よ。私たちはずっと暖色の照明で照らされたトンネルの中を歩き続けた~わ。つまりトンネルを出た後、二つの色に向かって道が分かれていたら、私たちは直感的に今までと違う寒色の青い方を選ぶのが自然だ~わ」
それを聞いて白地は「あぁ~」と言いながら深く頷いた。
「はぁ?よく分かんねぇ~」しかし田中には理解できなかった。
「そうだ、それに私、聞いたことある。赤信号って、直感的に人に危険を感じさせる効果があるから赤色なんだよね。逆に青色には人を安心させる効果があるから、踏切で青色の電灯を立てて、自殺防止に役立ててるところがあるなんて話も聞いたことある」白地が急に饒舌になった。「自然に青色の方に行きたくなるから、それを見越してこういう分かれ道にしたのかな。それで青色の方に倉山さんが待ち構えてたら、どうしよう…」「あ、そお~」田中は二人の理論に興味がなさそうだが、仮定とは言え根拠のある理論から道を決めるのは悪いことではないと思って、それに異存はないという様子を示した。「まあ、赤ってなんか嫌だけど、そう言うなら赤の方に行ってみるか」
3人はとろとろと突き当たりの分岐から左の道に歩みを進める。

ところが、おぼろげな赤い光に近付くにつれて、白地の心にはまた新たな不安の種が芽を出していた。古びたトンネルやアスファルトの車道、電灯を見ていた間、この見慣れない場所が現実的な現代文明の光に僅かながら包まれていて、自分にとって相容れない自然の闇から守られていると感じた。しかし、その光は自分から現実を見えなくするためのまやかしなのではないかと思い始めたのだ。なぜなら、その光の当たらないところに、ひどく非現実的な、いわゆる「不現実」を感じ取った。なぜこの道路以外が漆黒に落ち込んでいるのか、空には月がないのはなぜか。トンネルの方向を見ると、空と陸とを隔てる輪郭が、高いところの山の稜線にあるのがわかる。月はそこに隠れているのか、あるいは、今日が月の出ない日なのか。しかし、そのいずれかだとして、それが果たして偶然なのかと白地は思った。現実なら偶然に過ぎないが、そうではないように思われたのだ。星の瞬く夜空も、地球のどこからでも見える本来のそれとは違う、全く別の世界の何かのように感じられた。しかし、そういった疑いの感情を持つことが、単に疑心暗鬼になることとどう違うのか、その区別が白地にとっては曖昧になっているようで、いまいち疑い切れない。だからその疑問は口に出せないでいる。

だが、赤い光の源が白地たちにとって実体の見えるところまで来たとき、その「不現実」の疑いは一層強まった。いわばそれは、逃げ場のない悪夢の狭い世界に閉じ込められているような感覚が、どんどん強まっている様子だ。赤色の光源は地面なのだ。黄色く照らされたアスファルトが煉瓦の壁に突き当たって、その壁の大きく開けた口から流れ出た赤色の地面が、電灯の光を赤く跳ね返しているようだった。赤い地面は煉瓦の口の中にも広がっている。白地はあまりそう思いたくなかったが、疑いようもなくその赤色の地面は多量の血液によるものだ。煉瓦の壁の大きな口から、今もなおその赤色が流れ出し続けている。その赤色だけでなく、煉瓦の壁もまた「不現実」の正体だった。海岸に沿って電灯に照らされながら伸びてきたアスファルトの車道がなぜ煉瓦の壁に突き当たるのか、明確に疑わなければ、危うく自然なことだと思うところだった。「ああ…」危機感から思わず声が出る。流れ出てきた真紅の源が無残な姿でこの先にあるのだろうことへの危ぶみというよりは、この煉瓦の口を無意識のうちに当然のものだと思わせる、感覚器官では感じ取れないような何らかの強い力が働いていることへの危機感だ。そう思っていながらも、白地にとってはその力の存在が何かによってぼかされていて、言葉で形容できるほどの明確なものとして感じられないので、形のない漠然とした恐怖として感知されて、アーというだけの声に現れたのだった。

無論、顔色を変えたのは彼女だけではなかったが、それはあくまでも地面に広がる多量の血液に対する感情の変化であるように白地には見えた。
「なんだよこれ…」
「血よ~血だ~わ~」
「やっぱりよォ~青の方に行った方が良かったんじゃねえのか?」
「いや、これはまだそう思わせる罠かもしれない~わ」
白地にとって、二人の着眼点は少しだけズレているように見えた。
白地は地面の血液に注意を取られつつ、何か振り向いてはいけないような気分だったが、得体の知れないそれを押し切って振り向いた。すると、先ほどまで眩しいほど明るく輝いていた街灯が、なぜかとても薄暗いものになっていた。田中たちの背後に広がる景色のすべてが、画面のバックライトを消したかのように暗くなっていて、灯りを含めたすべてが暗いものになっていた。風呂でのぼせたときなどに、意識が遠のいて暗くなった視界のようだと思った。直感的にもう戻れないと思った。やはり閉塞した中で行動の自由を奪われているという感覚は間違っていないようだ。
「先に進むしかねぇ、いくぞ」
白地のように後ろを確認したわけでもないのに、田中は意地からか戻ることをすっかり捨てて先に進もうとしている。口を開けた煉瓦の壁の中へ歩みを進める彼に、残る二人も恐る恐る続いた。しかし、白地は一瞬足を止めて煉瓦の壁を見た。これはわずかにむき出しになった悪夢自体だと思った。煉瓦の表面の濃い色が剥げて、その中には白い地の色が一面出ているが、そこの全体を何か全く異なる色のものがうねりながら這っている。それが何かを知る前に彼女は目を逸らして後を追った。

煉瓦の壁の口の中は民家の中のような間取りになっている。民家と言っても現代的で、そこは洋間だった。
部屋の仕切りの向こうで田中が声を上げた。「おい!!」
田中のいる次の洋間へ行くと向こう側の壁に暖炉があり、白地がそこへ視線を移すと、そのそばにある新しい人のようなものの気配に気付いた。それは少女の下半身だ。それまでの曖昧な「不現実」の感覚とは異なり、その下半身だけが鮮明で現実的な変死体そのものだった。壁の下に寄り添った腰だけの身体から、力なく床の上に足を伸ばして座っている。
唐突で鮮明かつ強烈なその光景に、脳を奥まで深く突き刺されたような衝撃を感じて、白地は喉から高音のシャウトを放ち続ける。
「ぎぇあああああああああああああくぇrftgyふじこlp;!!!!!!111」
それまでの冷静に分析しようとする意識がまだ残っていて、理性が言葉を紡ごうとするが、ただ高音の中に口が動いて言葉にならないものを捲し立てた。
「うるせぇ~よ」田中が辟易した様子で言い出した。

そのとき、この反射的な悲鳴が収まるより早く、何か黒い影が視界を素早く横切った。
「おいなんだ!!!!」田中が身を翻す。
死体のそばにある出口の先の闇の中へ、その人影は素早く吸い込まれて行った。
「逃げたぞ!!!」田中は思わずそれを追いに駆け出した。
しかし、直感に制止されたように感じた。その漆黒の中に何の備えもなく踏み入ってはならないような、根拠のない戒めが脳裏を駆け抜けた。それでも、今逃げた人影が何か重要なものに思われて、少なくともそれを追おうと暗闇の中に駆け込もうとする。
「田中くん!!!!」白地が叫んだ。
その刹那、田中が闇の中に吸い込まれるより先に、その闇の奥から「ケロイドの塊」がこの世のものとは思えないような素早さで飛び出してきた。
「オアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
それは目を見開きながら、口を大きく開けて、すさまじい叫び声を上げながら田中の顔をめがけ、一瞬のうちにそれは田中の目の前まで飛びかかっていた。その顔は全て爛れ、表情だけがなぜか害意だけのために恐ろしく生き生きとしていて、田中には声を上げる間もなく、重大なことがすぐにやってきたと思った。

「オラァ!!!!」ドゴォ!!!!11
しかし、遅れながら田中が身構えようとするというところで、雄々しい怒号がその場に鳴り響き、固い肉が激しく弾かれるような大きな音がして、ケロイドは顔を歪ませて元来た方へとそのままの勢いで跳ね返った。
「なんだっ!?」田中は目の前の光景が信じられずに叫んだ。
まるでその化物は何かに殴られたかのようだったが、何も殴ったものが見えず、言わば化け物が勝手に跳ね返ったようにすら見えた。田中は明後日の方向へと振り向いた。
「田中…」すると懐かしい姿がそこに、毅然とした様子で真っ直ぐ立っていた。
「増田ァ!!!!!!」「増田くん!」田中たちは震える声で叫んだ。「生きてたのか、てめぇ!!!!」
「探したぜ、田中」
「増田、俺は、俺はよぅ、、、」
「話は後だ」増田はそれだけ言ってケロイドの方へ向き直った。
曖昧になっている闇との境目に仰向けで倒れたケロイドはゆっくりと起き上がり、増田のほうへ害意の表情を再び剥き出した。
「ふん、一発じゃちゃんと効かなかったか。じゃあもう一発行くぜ、オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!!!」増田は直立を保ったまま微動だにしない一方、先ほどの目に見えない強烈な連打が再び爛れた顔面へ、今度は高速で続々と叩き込まれる。
田中はその光景が理解できない。マシンガンのような打撃音の連続とともに、化け物はしばらく空中で激しく踊り狂うと、再び闇の奥へと吹き飛んだ。その様子を見届けた増田は闇の方へと歩み寄り、田中たちもそこに続く。しかし、田中が目を凝らすと、薄暗い空間でケロイドはまた起き上がっていた。
「増田ぁ!!そいつまだ生きてんぞ!」
「大丈夫だ。もう奴は攻撃してこない」
「え?」
確かにケロイドは呆然とした表情を増田に向け、そのままもう動かない。
「どういうことだ…?」

「あぁ、お前たちには見えてなかったか。俺の『悪霊』の直撃を受けたやつぁ、みんな骨抜きになる。それが俺の『悪霊』の力だ」
「悪霊っ…?なんでっ」木田が身を乗り出してきて口を挟んだ。「私にも見えない~わ…」目を凝らして辺りを見回す。
「『悪霊』を取り付かれていないやつに、『悪霊』は見えない。だが、お前たちにとっても確かなことがある。お前たちが歩かされているこの変な世界は、『悪霊』によって見せられている悪夢だ」
「はぁ!?」田中は口をあんぐり開けた。「悪霊だってぇ!?」
しかし、傍から見ていた白地にはなんとなく合点がいった。この非現実的な光景の数々は、やはり何者かによって作為的に見せられたものだったと確認できたのだ。
「その、俺らが見せられている変な光景と、お前が悪霊とやらを使えることとは関係があるんだな!?」
「ああ、この世界そのものが俺の扱っている類に同じ『悪霊』の仕業に違いない。俺以外に『悪霊』を使える人間にはまだ会ったことがないが、やっぱり誰かが俺のように『悪霊』を操って、その能力で俺たちを攻撃してるんじゃないかと思う」
「攻撃されてる…?俺たちが!?」
「この世界は幻覚のようなものなの?」
「そうだ」田中と白地の両方の疑問に、増田は肯定した。
「今、襲い掛かってきたやつは!?」
「あれは俺の『悪霊』の能力が効いたから、幻覚の類ではなく敵そのものだ。だが、奴を骨抜きにしてやったのにこの幻覚が消えないということは、奴はこの幻覚の犯人じゃあないぜ」
『悪霊』のことはよく分からないが、前に読んだ少年漫画に似たような仕組みの能力があって、田中はなんとなく合点がいった。だが、あまりにもその漫画の内容と増田の話が似ているので、本当にいいのかとも一瞬思った。
「そうかっ、じゃああの化け物はもういいんだな!?」
「ああ、先を急ごう」
「待てよっ」しかし、闇の方へと身を翻した増田の背中に向かって田中が吠える。「増田ぁ、、、俺はよぉ…一度でもお前の命を諦めちまった俺を、やっぱり許せねぇ~よっ…!!」田中の声は再び震えた。
「俺は気にしてねぇぜ、田中。今度こそ全て終わらせて一緒に元の世界に帰るんだ」増田は田中の方を見て微笑んだ。
「わかったからよ!!絶対に死ぬなっ、増田ァ!!」
「ああ、わかった」増田は歩き出した。

Re: 『極魔導vsのびハザ』の続きを小説で書いた - ◆TANAKAQVIk

2019/04/07 (Sun) 00:04:55

3

闇の中を歩いて行くと、うんと奥の方に群青の口が開いていた。増田たちはその出口から夜空の下に出た。すると、星明りを映す海の向こうで、海面の上に確かな人影が見えた。それは黒く細長い人影だ。
「おい木田っ、あれだ!さっき見た人影は!!」それは洋間を素早く横切った人影と同じだと田中は確信した。トンネルの出口に見えた人影も同じ姿だったことを思い起こした。「増田、幻覚の犯人はあいつだ!!」田中が言い終わらないうちに、人影がそのままの形で徐々にこちらへと近付いてきていると気付いた。
「来るわ!」白地が声を上げた。
「増田、やっちまえ!」
「いや、奴には敵意がない。だから攻撃しない」
「なんだって?」田中は予想を裏切られたように感じた。「一体どういうことだ!」
「ねえ、来るよ来るよ!?」本当に増田が相手しなくていいのかという不安に白地は慌てふためいた。
明確にその姿を視認できるというところまで近寄ってきたかのように思われたが、それはやはり確かに黒く細長い姿をしている。そして、増田の目前まで来ると、それは増田に真っ直ぐ向かうわけではなく、わきへと逸れて、ゆっくりと田中たちの横を動いていく。白地は息を呑んだ。そしてそれは黄色く照らされたアスファルトの道を横切って、道の脇にずっと広がっている闇の中へと進んでいく。
「ついて行くぞ」増田は続いて歩き出した。
「正気かよ」そう言いながら田中たち3人もその後に続いた。

照らされたところから出ていくと、上空には星が瞬いているにもかかわらず、辺りは足元から山の稜線まですべて漆黒で塗りつぶされているかのようで、足の裏には靴越しに芝生の感触がかろうじて伝わってきた。そんな闇の中で、海の方からやってきた人影は当然ながらもう見えなくなっていた。しかし、それでも増田は迷いのない足取りで闇の奥へ進んでいく。後に続く3人はみな表情に不安を露わにしていた。増田を見失えば終わりだと思って、辛うじて動きの見て取れる増田の背中に向かって、3人とも思わず足を早めた。
「おい待ってくれよ増田ぁ~」田中が呼びかけた。
「ああ、すまん」増田は田中の方へ顔を向けてあげた。
「ちゃんと見えてるのか?」
「大体の方角は分かる」
それを聞くと、田中は木田と白地の方を見て、3人とも怪訝な表情で顔を見合わせた。3人には増田に見えているものが全く分からないのだ。もはや増田だけが最後の命綱になっていた。辺りはずっと静かで、そばの海からは波の音も聞こえない。

増田は肩を草木に掠めて茂みに潜っていったように聞こえた。田中たちも確かに茂みに入った。暗闇の中で茂みに入ることに精神的な抵抗は否めないが、増田の後を正確に着ければ問題ないと田中は彼のことを信じた。草木を掻き分ける音は奥へ奥へと躊躇いなく進んでいく。およそ二分ほど藪を漕ぐと、ぼうっと白く光る煙が一か所から立ち上っているのが増田の黒い肩の輪郭越しに見えた。
「なんだこれは?なんだこれはなんだこれは?」田中が繰り返し捲し立てる。
その薄明かりに照らされて森の木々の姿形が少しだけ見えて、増田の背中がその脇を行くと、煙の向こうではもっと薄明かりが広い範囲を照らしていた。そこへ行くと、その薄明かりの源は白い煙ではなく、その向こうにある2,3本の古びた電灯だと気付いた。

それらの電灯は白い壁を頼りなく照らし出していた。それは白い壁と赤い屋根の建物だが、入口がなく、白い壁の中央には三角形に三つの赤いスイッチが並ぶ銀色のパネルが付いていた。増田はそのパネルの前に立って三つのボタンを覗き込んだ。
「おい、なんだよこれ」田中も肩越しに覗き込んだ。「あの黒い奴ももういねえのに」
すると増田はズボンの前側の右ポケットからスマートフォンを取り出して操作し始めた。
「お前、スマホ持ってたの?」
「尻高のスマホを借りてきた」
その名を聞いて田中は息を呑んだ。白地もだった。
「尻高、生きてんのか!?」
「ああ」
淡白ながらも、増田がパネルの左下のボタンを押しながらそう言うのを聞き、ひとまず田中は安堵した。白地もだった。木田はずっと表情を変えずに突っ立っていた。

再び増田がスマホの画面を確認すると、右側へと歩き出し、壁の向こうへと回り込んだ。田中も続くと、それまで建物のように見えたその壁はそれ一枚だけだった。しかし、壁の裏側のパネルの裏側に当たる部分のを覗き込むと、そこには怪しげな二枚のディスプレイが上下に並んで張られていて、その傍には怪しげな円柱状の水槽があり、中にはマゼンタの塊が浮かんでいるのが見える。
「なんだこりゃ?」
田中が近付くと、ディスプレイの上側の画面には地図が映し出されており、下側の画面には黄色と橙色の図形で構成された何かの図表が映し出されていた。しかし、その画面の意味は田中にとって理解できなかった。
「よせ、そんなものには考えを惑わされるだけ無駄だ、ただの足止めだぞ。ここは秩序のない幻覚の世界だ。機械のような、本来秩序の塊であるはずの存在を見つけたら、まずそれは無意味だと言っていいぜ。俺たちは先を急がなきゃあいけない」
白地と木田を率いている増田の呼びかけを聞いて、田中はディスプレイと水槽のもとを立ち去った。その瞬間、田中には水槽の中のマゼンタの塊に小さな手足とおぼろげな顔の形があるように見えて、気味が悪いのですぐにそのことを忘れてしまおうと思った。どれだけ不気味なものを見せられてもおかしくないのだということを再び確認した。

その先にはもはや道もなく、闇の大地が無限に広がり、地平線の上からは途方もない黒の虚空の中に星空が広がっている。そこに田中は無数のビジョンが流れていくのを見ていた。多くの生き物の姿が見える。しかし、その内容がどのように展開されて行くかを追うのは田中にとって面倒臭いと感じたので、なんとなく目に見えるもの以上のことは考えないようにした。
「お前の悪霊とやら…もしかしてよ、名前でもあんのか?まさか洋楽の名前とかじゃねえだろうな」
「そうだぜ。その名もベギン…」
「わかった、もういい」田中は話題を変えようと試みた。「なあ、尻高はどうしてんだ?なんとか元気なんだろ?」
「ああ、敵の正体を暴くために別行動をとっているんだ。きっとこの先で合流できる」
「なにっ、いつ合流できるんだ?」
「まだわからないな」
会話は途絶えた。上空に映っているものに目を奪われそうになる。そのビジョンはどこか恐ろしいことの流れを次々に見せてきているような気持がして、耐えがたく感じた田中は声を震わせて彼の背中に呼び掛けた。

「おい、なんだよこれ、どうにかしてくれよ、増田」
「そうだな」
もはや当てもなく歩き続けているようだった増田は足を止めた。しかしながら、増田を呼び止めてしまったところでどうこうできることではないことは分かっていたので、田中も立ち止まって顔を僅かに伏せた。見ると白地も木田も不安そうな顔をしているが、その不安はどうしようもないのだという諦念が表情に現れていた。田中は出来るだけ明るい声色で話そうと試みた。
「確かに、いくらお前にその便利な悪霊とやらがついていたとしても、そいつに殴らせる敵がいねぇんじゃあ八方塞がりだから困ったもんだな」
「その通りだな。こうやって歩かされ続けるのはきっと敵の思うつぼだ。俺らはどこにいるかもわからない悪霊の術中にすっかり嵌められている」
増田が身も蓋もないことを言ったように聞こえて、田中の表情は再び暗くなり俯いた。
「く…そぉ…」

「だから、うまく行くかどうか少し迷ってはいたが、少し流れを変えてみるか」
「はっ…?」田中は顔を上げた。
間を置かずに増田は向こうの方へ体を向けると、星空に向かって目に見えない拳の連撃が空中を素早く切り刻み始めた。そこから生じた強風が増田の黒い短髪を激しく煽る。
「お、おい、何やってんだ?!」
「壊すんだっ、この幻を」力のこもった声色で増田は答えた。
1分、2分と、ずっと激しい風の波が放たれ続ける。増田の息は荒くなっていく。増田に取り付いた『悪霊』を使うことは、単なる使役ではなく、代わりに使い手自身の体力を消費しているのだと、田中は直感した。
「ちょっとっ、増田くん」白地も心配になって声を掛けた。
「おい、何やってんだよ!もうやめろ、倒れちまうぞ!!」田中は叫んだ。
「だめだっ、ここでやめたら、俺自身の成長の可能性を否定することになるっっ」増田は苦しげな声で応えた。
見ると、脇腹のところで握りしめられた増田の拳からは血がにじみ出していた。
「なんだこりゃあ…」田中は息を呑んだ。
徐々に増田の向いている方の空中から、何かの柔らかい壁がぱぱぱんとか素早く叩かれているような音が微かに響き始めた。その音は一分続く間にも徐々に硬さを伴い、三分ほど見張っていると、徐々に音が大きくなってきた。増田の顔を見ると鬼のような形相になっていて、拳は彼の血で真っ赤に染まっていた。田中はもはや止めるわけにもいかなく、ただ黙っていた。
増田は聞いたこともないような激しい声色で叫び始めた。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ………!!!!!!」
気付くと激しい打撃の音が連続してそこらじゅうに鳴り響いていて、増田の見据えた先にあるその音の源を中心に光のヒビが放射状に広がっていた。
「オラアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!」
増田が最後の大きな気合を放ち、腰を入れて渾身の一撃を放つと、硬く厚い樹脂の板がこじ開けられるような音がして、そこから強烈な光が差し込んで、思わず田中は目を瞑った。大きな光の穴が開かれたのだ。

「はぁっ、はぁっ、はぁぁぁっっ」増田は崩れ落ちた。
「すごい~わ、増田くん……!」木田はそこに駆け寄った。
「ぼさっとするなっ、すぐにその中に駆け込めッッ」
増田は目を瞑ったまま、力のこもった声色で叫んだ。見ると、最初10メートルほどの直径に見えた光の穴は目に見えて着実に狭まっている。
「まずい!!この出口はすぐにまた閉じやがる!!」田中が反射的に叫んだ。
「早く行かなきゃ、増田くん!!」白地も呼びかける。誰も増田の元から離れない。
「今は俺のことなんて気にするなっ、後から絶対にそっちに行く、だから急げッッッ…!」
増田の苦痛に満ちた表情を見て、田中は第一に彼の思いを絶対に無駄にしたくないと思った。
「行くぞ、木田、白地っ!!!」
田中たちは光の方へ駆け出し、ちょうどまだ二人分ほどになっている穴にまとめて飛び込んだ。すかさず田中は増田のほうを向き直った。増田はまだ薄暗い草原の中にうずくまっていて、田中は思わずそこへ戻って彼に肩を貸せればと思った。しかし、既に穴は一人がやっと通れるほどの幅になっていて、増田とここにもう一度戻るときに、この穴をもう一度通れるかどうかは絶望的なことに思えた。田中は立ちすくんだ。すると、増田はゆっくりとこちらに向けて顔を上げた。増田の顔は不敵に微笑んだ。
「増田ぁ…!」
田中の喉の奥から震える声が漏れだした。その次の瞬間、木田は駆け出した。
「木田さん!!」
白地の叫びを尻目に、もはや一人がやっと通れるだけの幅になっていた穴へ木田は飛び込んだ。田中と同じことを考えていながらも、先に進むことの大切さを切り捨てて増田の元へ戻ったのだ。
「私が助けるわっ、一人じゃあ大変だと思うか~ら!!」
「木田ああああああ!!!!」
再び蹲った増田と、そこへ駆け寄る木田の背中は、小さくなっていって見えなくなった。先ほどから一転して真っ白な空間の中に、田中と白地の二人は立ち尽くした。そしてしばらくの後、田中は口を開いた。
「きっと大丈夫だ。俺は二人を信じるぜ」
「うん、尻高くんを探しに行こう。そうしたら、増田くんや木田さん、それに揚羽さんも絶対に一緒に、元の世界へ生きて帰ろう」
振り向くと白い彼方に黒い埃のようなものがさまざまに蠢いているのが見えて、それを当てに田中たちは歩き出した。

Re: 『極魔導vsのびハザ』の続きを小説で書いた - ◆TANAKAQVIk

2019/04/07 (Sun) 00:09:29

4

歩き続けると、前方に見えていた黒い埃の数々は徐々に放射状に広がって行って、進むにつれて辺りを黒く包み込んでいく。しかし、足元だけが白いままで、それは道として前方へと延びていた。
「おいおい、増田のおかげでようやく白いところに出れたのに、また黒かよ」
すると、先の方に人の背中が見える。首から下は上下ともに紺色で、頭部は明るい茶色をしていた。田中たちが足を早めて駆けていくと、その紺色というのは見慣れた学校の制服で、首から上は見慣れた茶髪だった。
「ねえ、あれって…」曇っていた白地の表情がにわかに明るくなった。
「間違いねぇ、尻高ぁ!!!」田中は緊迫した表情を緩めずに呼びかけた。
すると、その紺色の制服の人物はこちらへゆっくりと振り向いた。

しかし、もっとも肝心要だった顔がそこにはない。
「え…?」白地の表情が凍り付いた。
尻高と思われた人物の頭部全体が白い横長の長方形に覆われている。その長方形は突然現れたのだ。尻高の顔の造形は全く見えなかった。
「なんなんだよ、それ…!」訳の分からない状況に田中はいきり立ち、その人物の方へ詰め寄った。「ふざけるな、尻高ァ!!!!」
尻高のようなものは微動だにせず直立している。
「あの『柿の種の種』みてーなふざけたヘアースタイルはどうしたあ!!!」田中は続けて怒鳴りつけ、彼に掴みかかろうとした。
しかし、田中の手が白い頭の男の喉元に届こうというところで、目に見えない衝撃が彼の頬から下顎にかけての辺りに強く叩き付けられた。
「ぐうッッッ」田中は背後の方へ跳ね返った。先ほど「ケロイドの塊」が増田にそうされたように。
「ま、まさか尻高くんも…!!」白地が今起こったことを恐る恐る言葉にしようとする。
「『悪霊』が…使えんのかよ…!!!」田中は見えない拳に殴られた頬を抑えてゆっくりと立ち上がった。
顔のない尻高はゆっくりと田中たちの方へ歩き出した。
「来る!!来るよ田中くん!!」
「白地、下がれっっ!」田中は一歩前に歩き出した。
次の瞬間、田中の顔に続々と見えない拳が叩き込まれる。
「ぐうあああああああ!!!!」しかし、この攻撃には倒れずに持ちこたえた。
「田中くん、駄目、やられちゃう!!」
「やられてたまるかよ、尻高の目を覚まさせられるのは、俺だけなんだぞぉ……!!」
腫れつつある顔を上げてまた田中は尻高の方へ進んだ。しかし、一段と強力な衝撃音が響いて、田中は再び後ろへと吹き飛んだ。うつ伏せに倒れた田中は、それでも膝をついて立ち上がる。
「尻高ぁぁぁ……いい加減にしろぉ……白地の前で、ガキみたいに暴れる姿、見せてんじゃあねえぞぉぉ……!!!」田中は血の唾を吐き捨てた。尻高は依然として動かない。その表情も見えないままだ。
「尻高くぅぅぅん!!!お願いっ、やめてええええ!!!」白地は渾身の力で尻高に向かって叫んだ。

その瞬間、尻高の頭部を隠していた白い長方形が消えかかり、田中たちにとって見慣れた友人の顔が見えた。それは必死に何らかの力に抗うような、必死の表情をしている。
「!!」田中は目を見開いた。
「田中、白地さん、すまねぇ……っ!!」身体は直立したまま、尻高の表情だけが活き活きと動いて田中たちに呼び掛けた。
「尻高くん!!」白地は呼びかけてその名を確かめた。
「田中ぁぁ、お前の言う通りだ、俺を止められるのはお前だけだあ…!!頼む、止めてくれ、俺を殺して『悪霊』を止めてくれ!!」
「殺……す…!?」白地の顔は青ざめた。
「何言ってんだぁ、てめぇ!!」田中が叫ぶと顔のすぐそばの空気が見えないストレートで切り裂かれた。「くっ!!」
「もう俺は殺されたんだ!!殺されたあとの身体を『たくろう』に乗っ取られていいように使われているだけだ!!だが、今『たくろう』の本体になっている俺を殺せば、『たくろう』も死ぬ!!そうすれば、お前たちの道を阻んでいる幻覚も消えるんだ!!頼む、俺の身体を止めてくれ!!」尻高の表情は必死に訴えた。
「そんな、やだよ、尻高くん!!」白地の目に涙が溢れた。
「はん、生憎だがな。尻高、てめぇを殺すどころか、『悪霊』をかわしててめえを殴ることすら、俺にはままならねぇ…」
もう尻高の顔はそこにはなかった。再び頭の白い男が冷徹な様子で立ち尽くしている。そして、大きな衝撃の音が響き渡った。
「田中くぅぅぅぅん!!!」
「な…に…?」田中は元通りそこに立ったままだった。衝撃音は田中の顔よりも前で放たれていて、田中自身には衝撃が伝わらなかったのだ。

「待たせたな、田中、尻高ぁ…」
田中が振り向くと、そこには増田と木田が立っていた。
「ま、増田…っ、お前が、受け止めてくれたのか…」
「奴の攻撃を受け止められるのは俺だけみたいだからな。奴の『悪霊』を裁くのはお前じゃあねえ、この俺の『悪霊』、ベギン・ユゥゥーーッ!!!」
これまで以上の衝撃とともに顔のない尻高の姿勢が崩れ、続々と増田の『悪霊』の攻撃が入っていく。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ、オラアアアアアアッ!!!!」
田中たちの目には見えないが、確かにフィニッシュブローが入ったようで、尻高は上空へ吹き飛び、地面に激しく叩き付けられた。漆黒に包まれていた周囲は土の色を伴っていき、洞窟に変わった。
「尻高くんっっ!!」白く四角い頭部の尻高の元へ、白地が駆け寄っていく。
「おい、まだあいつに近付くのはあぶねえぞ白地!!」田中たちも後から続いた。
増田は横たわる尻高の姿を覗き込んだ。気絶している尻高を見た白地は、増田に懇願する。
「増田くん、尻高くんをなんとかして助けてあげられないのっ!?」
「助けてやれんことはない」
「っていうのは、お前の『悪霊』でなんとかできるのか?」
「ああ、俺の『悪霊』の能力は、前にも言ったように攻撃した相手を骨抜きにする、つまり思い通りに操る能力だ。この能力を使えば、尻高の身体から敵の悪霊、『たくろう』とやらを追い出せるかもしれねぇ」
「何っ!!」田中は増田に詰め寄った。
「だが、それで尻高が助かるとは限らねえ。尻高の言ったことが本当だったらな」
「って言うと…」白地の顔はこわばった。「ああ。やつが『たくろう』に殺されたのだとしたら、今尻高が動けるのは『たくろう』の力のおかげだ。『たくろう』を奴の身体から追い出したら、今度こそ尻高が死んじまうかもしれねえ…」
「そんな…!」白地の顔は絶望に歪んだ。「おねがい、なんとかして!!」
「悪いが、それ以上は何ともできねぇ…」増田はただそれだけを言った。白地は嗚咽を漏らしながらゆっくりと崩れ落ち、やがて蹲って静かにすすり泣いた。田中たちは俯いて立ち尽くした。
「おい白地、イチかバチかやってみようぜ。奇跡が起こらねぇとも限らねぇ」田中は顔を上げて白地を励ました。白地はゆっくりと顔を上げ、頷いた。「増田くん、やってみて」

増田はそれに頷き返すと、尻高の頭部を覆っている白い四角形に右の掌をかざした。そしてそれをゆっくりと垂直に引き上げると、それに従って白い四角形が外れ、尻高の本来の顔が再び露わになった。
「尻高くんっ!!!!」白地は横たわる正真正銘の尻高の身体に縋り付いた。
一方、増田は白い四角形を顔の高さまで持ち上げると、左の拳を構えた。
「オラァァッ!!」その拳を激しく振ると、白い四角の手前で止まったにもかかわらず、四角は独りでに爆ぜたかのように粉々に砕け散った。
「『たくろう』は、これで『リタイア』だぜ」増田は静かにそう言った。
すっかり血色を失った尻高の顔を覗き込み、白地は目に涙を湛えた。「尻高くん…」
しかし、「う…ううう……」尻高の喉の奥から震える声が漏れた。「!! 尻高くん!!生きてるの!?」
「ありがとう、増田、み、みんな…。すべて見ていたぜ。迷惑かけてすまねぇ。最後にお前らの顔が見れて、よ、よかったぜ…」尻高は白地たちのそれぞれに目を配り、静かにほほ笑んだ。そして安らかな表情で目を閉じた。
「尻高くん…尻高くん…う…うう…」白地は尻高の亡骸を抱きしめた。
「尻高ぁぁ……てめぇ、尻高ぁぁ…!!」それまで堪えていた田中も涙を流した。そしてそれらの悲嘆の声は、洞窟に響き渡り続けた。

- 倉山恭子最後の日 たくろう編 完 -

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